地球元気村

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ダカール・ラリー参戦記

 元気村通信に僕がこうして文章を書くのは、長い元気村の歴史の中で初めての事だ。まさか、幼い頃から父に連れられて行っていた元気村の会報に、こうして筆をとる事になるとは。
 ご存知の方もいるかもしれませんが、私、風間家の三男晋之介と父である村長風間深志は、1月2日より南米で開催されたダカールラリーへ参戦してきました。
 父が35年前に日本人として初めて出場した大冒険ラリー「パリダカ」、現在は舞台を南米へ移し、「ダカールラリー」と名称を変え開催されている。南米に移ったダカールはパリダカじゃないと言ったりする人もいるが、参加してみればそれは紛れもなくパリダカだった。レース要素が強くなってはいるものの、世界中から集まるライダー達と、南米の雄大な自然の中を約,000キロ疾走するそのラリーは確実に大冒険であった。
 パラグアイからスタートし、ボリビア、アルゼンチンと、3カ国もの国境をまたいで行われるレースは他にあるだろうか。パラグアイという馴染みのない地に降り立った僕の印象は、想像以上に「街」。とはいえ日本のようないわゆる先進国ではないから日本の街に慣れた人から見たら見慣れぬど田舎に感じるかもしれない。しかしどちらが豊かか?と問われたら僕には明確な答えが出来ない。経済的に進んだ日本はお金も最新の物もなんでも揃っているかもしれないが、このパラグアイのアスンシオンという街には豊かな自然が多く残り、家々には広い庭が多くある。建物自体は古くても、日本の一般的な一軒家に比べたら割と広い。もしかしたらこっちの方がある種豊かなのでは?とレース前の最初の朝に思ってしまった。
 南米の人たちは皆とても純粋な目をしていて、シャイなところもあるとてもチャーミングな人たちばかりだった。遠慮する事も弁えていて決して自分勝手な事はしない。スタート前日のプロローグの時、父親の肩に乗った男の子が爆音をたてて目の前を通り過ぎるバイクや車を見て、これでもかという程のとびきりの笑顔と、羨望の眼差しをしていたのがもの凄く印象的だった。あんなに輝き、憧れを抱いた顔を見たのは今までの人生で初めてだったかもしれない。それほどまでに印象的だった。街を離れボリビア、アンデス山脈へ入るとその傾向は加速した。誰もが家の外へ出て、一日中目の前を通るダカールマシンに手を振り続けていた。冷たい雨が降り続く日でも街中の人たちが全員出てきて僕等ライダー達を歓迎してくれた。長いラリーではトラブルはつきもので、困る事も色々とあるが、そんな時には多くの人が必ず助けてくれる。マシンを修理するための道具や場所を貸してくれたり、飲み物をくれたり、食べ物をくれたり。転倒したりすればすぐに助けに駆け寄る。そして時には寝床も快く貸してくれたりもする。見知らぬ土地で知らない人間のところに泊まるなんて大丈夫か?と思うかもしれないが、そんな心配もする必要ないぐらいにボリビアの人たちは皆良い人たちばかりであった。悪いことをする性格をしていないのだ。
 純粋な目に、ルールを守る事、場を弁える事、シャイでカメラを向けると恥ずかしがりはにかむ事、一日中レースを楽しみ、困ったライダーを助ける事、それが心からできる人々が南米のアンデスに住む人、パラグアイ、アルゼンチン、ボリビアの人々だった。孤独に旅をし一人ぼっちになったりもするレースだったが、そんな「人」の温かさや繋がりをとても感じたレースだった。
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