地球元気村

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水谷敏雄先生の地球元気コラム

木谷 敏雄 Toshio Kiya

1963年生。青山学院大学卒業。株式会社 ジェイ・ファイン代表取締役。「ニッポンを ここちよく」をテーマにムラとマチをつなげ る感動請負人として「観光地ブランド事業」 など地域活創生事業に携わる。最近ではヘ ルスツーリズム事業開発に力を注ぎ(一社) 南房総健康ラボ代表理事も務める。

記憶を手繰り寄せ、地域の誇りを呼び起こした奥津軽トレイル

森の中に忽然と現れる津軽森林鉄道遺構。思わず息の飲む。そしてその出会いに感動が広がる。北海道新幹線開業に向けた、奥津軽の新たな観光コンテンツとしてロングトレイルコース開発をめざした4年前、あの吉田松陰が通ったといわれる道「みちのく松陰道」でのことである。
藩政時代より青森の繁栄を支え、日本の近代化の礎となった「青森ひば」。日本の近代化に、その耐久性、殺菌性から「青森ひば」は欠かせない木材であった。そこで明治43年、「青森ひば」を山出しするための森林鉄道が敷設される。津軽森林鉄道は日本初、日本最長を誇るものとして、トラック輸送に取って代わる昭和42年の廃線まで、津軽半島の山奥へ毛細血管のように張り巡らされていく。奥津軽の近代は木材景気によって支えられていたのである。
また、奥津軽は、文豪太宰治と津軽三味線芸能を育んだ土地であるが、実はこれら文学・芸能を育む経済的礎を創り上げたのは、「青森ひば」の恵といっても過言ではない。このような文化・経済の礎で、津軽の地域DNAともいえる『青森ひばと森林鉄道軌道』は、地域住民の記憶には残っていたものの、青森ひば産業が斜陽を迎え、奥津軽の人々の生活から森林鉄道の勇姿が消え、忘れ去られていた。その記憶の糸を手繰りながら、奥津軽エコツーリズムを推進するNPO法人かなぎ元気倶楽部専務理事の伊藤一弘氏らと、森林鉄道軌道跡をひたすら歩く。すると、当時の最先端の鉄道敷設技術と技術者の並々ならぬ努力によって造られた木橋、鉄橋、トンネル跡、石垣、レール・枕木跡がひっそりと森林の中に佇んでいる姿に出会うことができるのだ。そして、3年間歩き続けて、日本三大美林「青森ひば林」と近代遺産「津軽森林鉄道軌道跡」が紡ぐ『奥津軽トレイル』は誕生する。森林鉄道は勾配の少ない、渓流沿いに敷設されたため、体への負担が少なく心地よく森の中をウォーキングができるコースで、多くの人々が訪れるようになってきた。奥津軽の歴史・文化・自然そして、暮らしの物語が聞こえてくる。青森ひばの神木と出会い、四季折々に様々な顔を見せるブナとの混合林に癒され、滝のマイナスイオンを浴びながら、森林鉄道遺産に心躍る。このロングトレイルは、現在、8セクション、全長117kmとなった。
奥津軽では、この自然を次世代へ紡いでいくという気運が盛り上がってきている。地域の誇りとなってきている。その誇りに人が集まってきている。地域に根付いた観光コンテンツがここにある。

写真上:太宰治ゆかりの地コースに現れる威風堂々とした鉄橋遺構
写真右:崩壊寸前、奥津軽トレイルのシンボルである優雅な木橋遺構

七つ滝と謳われる清浄な滝と並び、ひっそりと佇む水力発電遺構

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