地球元気村

トップページ > 地球元気村通信 Vol.87

前に戻る次に進む

過去を知り、今を考え、未来に活かす

田代 孝

Takashi Tashiro

1943年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒業。山梨県県立高校で教鞭をとったのち、県教育委員会文化財主事に着任。その後、埋蔵文化財センター調査課長、考古学博物館学芸課長を経て、埋蔵文化財センター次長へ。2003年退官。現在は山梨県考古学協会会長を務める。

そして、孔の空いたヒスイの勾玉も出土しています。孔の内を見ると本当にきれいです。鉄のない時代に、硬い石粉を垂らし、竹管状の工具を錐揉みさせることによって、0.1mm、1mm、1cmと研摩して貫通させたのでしょう。こういう技術が四千五百年前にあったのです。今は便利で安直にモノが手に入る時代ですが、現代の原点となった技術や風習を振り返ることはとても有意義なことだと思います。

釈迦堂遺跡の発掘には、地元の住民や生徒など2年間でのべ2万人が参加しました。当時は県教育委員会の職員の立場でしたが、現場でのお茶の時間に、地元の参加者の方々に、例えば埋甕の中にあった円盤を題材に“これは何か?”と埋葬物語りを語ったりしました。そうすると皆さんの意識が日当から発掘自体の興味へと変わっていくんです。「最後まで発掘するまでは工事をストップ...」というのが道路公団との最後の妥協点でしたが、テープカットが迫る中、研究者としてなんとか遣りきったという自負は有ります。地域の人からも“こんなに沢山出たものをどこか保存展示する場所が必要だ”という意見が出て、町長も“町の歴史を残すんだ”とわれわれ以上に一生懸命やってくれました。それがこの釈迦堂遺跡博物館に結実しました。

釈迦堂遺跡での経験は、金生遺跡の保存、風土記の丘の方形周溝墓群の保存と併せて、その後の私の原点を作りました。口を開けて様々な表情を見せる土偶の顔は、発掘に参加した子供たちの笑顔に重なります。様々な出土品は、共同体として互いに助け合い、貧富の差のない平等な社会を築いてきた人々の、四季の中での命の営みを物語ります。そういうものを、時代を超えて、現代に伝えていく役割を担うということです。
これ以降、考古学の研究環境を整える仕事と平行して、地域の方々や子供たちに発掘に参加して戴いたり、土器づくりや黒曜石で魚を捌く教室を開いたりして、その土地の命の営みを語り伝えていく、いわば“語り部”となりました。信玄の時代の、竜王町の信玄堤の一角にある第二堤防の保存や、甲府城の石垣復元にも、同じ考え方で臨みました。山梨には多くの史跡がありますが、“ともに歴史を掘り起こしましょう”という精神で、この地に生きた人々を敬い、歴史を大切にする町になるように、これからもお役に立ちたいと思っています。
「現代人は、むやみに地の底を掘り下げ、破壊を続けている。おい、待ってくれ。ここはおれたちがどういう世の中でどう生きたか、その喜びや悲しみを証拠だてるものが、そっくりあるんだぜ」と大地の中から叫んでいる民衆の声に私も耳を傾けたいと思う。考古学とは大地に埋もれた歴史を正しく掘り起こし、未来へと伝える仕事ともいえるからである。・地域開発は地域住民のために豊かなふるさとをつくるものであるならば、その豊かさのなかに自然や文化環境をも大切にする思想を忘れてはならないと思う。ふるさとの自然や文化をより豊かにして子どもたちに伝えることは私たちの義務ではないだろうか。

『大地からの叫び』田代孝より
出典:「古代甲斐国の謎」甲斐丘陵考古学研究会編/新人物往来社/1985

自動車道建設で消えた遺跡がここに有ったことを記憶する釈迦堂遺跡博物館
前に戻る次に進む

バックナンバー

  • バックナンバー vol.93
  • バックナンバー vol.92
  • バックナンバー vol.91
  • バックナンバー vol.90
  • バックナンバー vol.89
  • バックナンバー vol.88
  • バックナンバー vol.87
  • バックナンバー vol.86
  • バックナンバー vol.85
  • バックナンバー vol.84
  • バックナンバー vol.83
  • バックナンバー vol,82
  • バックナンバー vol.81